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「ロスト・メモリー(仮題)」by嵯峨さん


 私は機械だ。私には意思などないはずだった。私は私を製造したも者達の命を果たすだけの存在であった。  そう、今日もまた何時ものように与えられた指令を最も効率よく作業するための伝令を各部隊に伝えるだけで終わるはずだったのだ。

 「彼」に対する想いはまだその時には無かった。そして今、彼は私の目の届く所にいる。彼を撃墜することが新たに私に下された指令。  私は機械なのだ、私の名はヒュペリオン、月に従う存在。  命には逆らえない。  たとえ本意ではなくとも、、。私は機械なのだから。

 彼はかつて月の尖兵だった。要するに捨て駒といってよい。  彼を含むある特殊攻撃部隊は命を握られ、まず帰ってくることのない戦場に投入されていた。死刑囚等が主な構成員だった。  彼もその中の一人、そして唯一生き延びた者。

 幾度、絶望的な状況を切り抜けたか、幾度、死の運命を捻じ曲げたか。

 彼は私の指令を全て果たしてくれた。私は彼を認め、そして健気に思っていた。  私の為に戦っていると錯覚していたのだろうか。  いつしか彼のことを想っていた。

 彼を最初に記録したのは、、、そう、この時だ。

 帝都偵察の為、潜入していたコックローチから意外な報告が送られてきた。  ある一機の戦斗機の強行偵察任務完遂。

 データによれば量産機三機がこの任についている。

 軍事拠点ではないが、帝都の対空防衛は生半可なものではない。だからこそ使い捨ての戦斗機、、一度死んだ者が駆る一本腕の異形「エンディミオンシリーズ」が宛がわれていた。  正規の兵はあくまで彼らの監視に徹し、激戦区には彼らが赴きそして死ぬ予定になっている。  生き残った者はかつて名うてのパイロットだったのだろうか、私は興味を持ちその者の駆る機体にリンクした。  ノーマルカラーのブルーではなくブラックペイントのアストライアー、それを駆る者の名はラルフといった。

 今日出撃したなかの唯一の生き残りは、その後も私のデータに無いほどの戦果を上げ、私の前に舞い戻った。  今までにエンディミオンシリーズに搭乗し帰ってきたものは正規兵を除き、存在しなかった。  彼ほどの操縦技術を持つ者は居らず、まさに舞うごとき戦いぶりは私を魅了した。如何な巨体をも打ち倒すその小さき体。  あらゆる逆境にも屈しない姿勢。  私の予測をことごとく裏切る初めての存在。

 私に彼を想わせるには十分だったのだろう。  だからこそ、私の主は彼を恐れた。私を凌駕するかもしれぬ存在として。

 突如の攻撃に彼は逃げ惑うしかなかった。生き残れば、全て許されるはずだったのだから。私は悲しかった、彼を落とさなければならない自分が、、私に裏切られた彼が。  私は彼に賛辞を与える。望んでのことではない、命だからだ。  二階級特進、勲章がなんだというのだ。この上なく寒い皮肉だ。

 抗うことのできぬわが身が情けない。  彼を助けたかった、生かしてやりたかった。

 だがもはや私のレーダーに彼の姿は無い。

 私の命により彼を討った次期主力無人戦闘機EOSが彼の反応をロストしたと伝える。

 堕ちたのか、逃げ延びたのか、、どちらにせよもはや私の前には現れるまい。

 軍の公式記録にも残らぬだろう。だが私は忘れまい。  何時までも、彼は劣化せぬ記憶となり私の中で生きる。

 そういえば、彼は何のために戦っていたのだろか、、。彼を待つものがいたのだろうか、、。いや、今だ待っているのかも知れない、私のように。


 彼は戻ってこないことは分かっていた。
 彼は半年前、この地球に堕ちて来たのだ。私は彼のことを何も聞かなかった。  彼が我々の敵であったことは知っていた。  彼は今、空に向かい再び羽ばたいた。私には留めることはできなかった。  今、空に閃きが走る。  私は彼に何も聞けなかった。

 彼が生きようとする目的を聞かなければならなかったから。




 彼はきっと私が憎かったのだろう。  彼は私が機能停止するまで、攻撃を続けてきた。仕方が無い、命を狙ったのだから。  再会はこの出来事を生むと分かっていた。


 ただ、私は彼を想っていたのだ、、。それを伝えられず朽ちてゆくことが悲しかった、、。私は機械なのだから、、、。


終わり